サッポロ 福原取締役インタビュー:6|出向先で得た「働き方の柔軟性」とは?

2015年度JMI部長のためのエグゼクティブマネジメントコース修了生である、
サッポロホールディングス株式会社 取締役人事部長 福原真弓様を訪問しました。
(以下敬称略 役職はインタビュー当時)

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——入社したときに女性の同期の方は、かなり少なくなっていましたか?

福原
16人入社しましたが、当時は私を含めて3人しか残っていませんでした。

私より先に課長職になっていた人もいましたが、一方で、私と同じような感じの人もいましたね。
今は全員が管理職で、1回辞めた人がサッポロに戻って社員として働いているケースもあるんですよ。

——その後は部長から執行役員へと、順調ですね?

福原
人事に移ってからは早かったと思います。

個人的にはラインマネージャーを小売りの現場でしかできなかったことが残念です。
事業部のマネジャーもやってみたかったと思っています。

しかし、ダイバーシティから人事課長、人事部長はあれよあれよという感じでした。

ダイバーシティをやるように求められたとき、本音をいえば、会社へのご奉公として数年担当して、またワインの世界に戻りたかったのです。

途中で人事へ異動したときが、キャリアの転換点だったと感じています。
人事の人にならないといけないと痛切に感じたのは、人事課長になったときでした。

——他の人とご自身のキャリアを比べると、かなり違う道を歩んできたと思いますか?

福原
たいへんイレギュラーだったと思います。

ビールを作ったことがなく、売ったこともありません。
本社のスタッフ部門で経験したのは人事だけなのです。
これだけ出向が長い人も滅多にいませんよね。

——最初が不動産の土地開発の仕事で、ワインの店を持ち、本社に戻るとビールではなくワインを担当、それから人事へ進むというキャリアはあまりないのでしょうね。

福原
いわゆる王道は一切、歩んでいません。
でも、それが良かった、とも思うようになりました。
子供が2人いながら働くのは、大変だったのですが、本当に子どもが小さいころは小売店にいました。

小売店は、誰かがいなくても当たり前というオペレーションができています。
9時から5時半まで全員が机に座っている職場ではありませんから。

突発的に自分がいなくなっても、ちゃんと回るような仕事の仕方を全員がしていました。

席を外すとき、「ごめんなさい」というような職場でありませんから、子育てとの両立はやりやすかった気がします。

——働き方の柔軟性がそこで養われたのかもしれませんね。
「こういう働き方もある」ということを実体験されていますよね。
それが女性活躍推進をするための、視野を広げたのではないでしょうか。

福原
いろんな人がいろいろな形で働く組織を作るのもありだ、という思いが生じたのは、そういう職場でしか働いてこなかったからかもしれません。
久しぶりに本社へ戻ったときには、少し窮屈に感じましたからね。

ワインのマーケティングの仕事はブランドマネージャー制でした。
「あなたがブランドマネージャーです」という形になると、私がいなければ何も進みません。
育児との両立で苦労したのは、やはりそこでした。

代わりがいないのは非常に辛いので、チーム制にするようにして補完体制を設けました。

その辺の仕事の流儀はメーカーと小売りでかなり違っていました。

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